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2026年07月27日
「日本最南端のスキー場」35年の歴史に幕 苦渋の決断と、未来への一歩(2026年07月25日放送)
宮崎県五ヶ瀬町の冬を彩ってきた「日本最南端のスキー場」が、35年の歴史に幕を閉じる。
かつては年間10万人を超える観光客で賑わい、町の経済を支えた名所が、なぜ廃止という選択せざるを得なかったのか。
度重なる自然災害、スキー人口の減少、そして膨らむ公費負担。町民の惜しむ声と、未来を見据えた町長の「断腸の思い」を追った。
全会一致で廃止が決定
7月7日、五ヶ瀬町議会にて、五ヶ瀬ハイランドスキー場の今後のあり方に関する決議案が提出された。
「五ヶ瀬ハイランドスキー場は、冬の雇用の役割、観光施設としての社会的・経済的役割を十分に終えたと認識し、これ以上の公費投入をやめ、速やかに廃止の手続きを進めるべきである」
スキー場の廃止は全会一致で可決された。

町民からは、活気ある場所が失われることへの寂しさを吐露する声がある一方で、維持管理の負担を考慮し、廃止はやむを得ないとする冷静な受け止めも広がっている。
- 町民は:
「なんとも言えないけど、元気な場所がどんどんなくなっていくのは寂しい」
「町民としては致し方ないのかなという思いが強い」
「もっと早く廃止して、レジャーとか他の方に早くした方がよかったと思う」
「無理に維持するのはちょっと大変なんじゃないかなと。だったらその分を他に何か考えて回していった方がいいんじゃないかな」
廃止の理由について、五ヶ瀬町の小迫幸弘町長は...

- 五ヶ瀬町 小迫幸弘町長:
町からの支援金というのが膨れ上がってきており、今後の予測を見ても、その傾向が強まっていく。将来に向かっては、経営していくのは厳しいという判断をした。
地域経済を支えた35年

1990年に町営スキー場としてオープンした五ヶ瀬ハイランドスキー場。
当時の町の広報誌では「五ヶ瀬町民の長年の夢」と表現され、町全体の期待が込められていた。
スキー場が町にもたらした経済効果についてはどうだったのだろうか。
宮崎大学地域資源創成学部の根岸裕孝教授に聞くと...

- 宮崎大学地域資源創成学部 根岸裕孝教授:
五ヶ瀬の皆さんにとってみれば、雪が生活上支障になるという中から、これを経済を回していく機会に使っていく。冬場の雇用をつくったり、観光交流人口をつくったり。こういった点も大きな役割を果たした。

スキー場は冬場の農業が困難な時期に新たな雇用を創出。
空前のスキーブームもあり、オープン4年目には年間入場者数が10万人を突破し、町の経済を潤した。
- 宮崎大学地域資源創成学部 根岸裕孝教授:
雪を使って経済が回っていく。そして地元が潤っていく。地域の資源を生かした観光地づくり、地域づくり、ということで、非常に注目される取り組みだったと思います。
経営を直撃した自然災害
しかし、スキーブームの終焉とともに利用客は年々減少。

さらに地球温暖化の影響による雪不足が深刻化し、営業期間を短縮。
2001年度には121日営業したが、2020年度は71日にまで減少した。

こうした要因が重なり、 2020年度の入場者数は約1万6000人にまで落ち込み、経営状況は悪化の一途をたどった。

さらに追い打ちをかけたのが、2022年9月の台風14号だ。
記録的な大雨によりスキー場へつながる道路が寸断され、2年間の営業休止を余儀なくされた。
この影響は観光業のみならず、スキー場再開に向けた従業員の確保にも及んだ。
- 根岸裕孝教授:
2年間の閉鎖で、他へ働きに行かれたというのも当然あったわけで。そうなると、戻ってくることへのハードルも上がっていた。
スキー場は、高齢化や人口減少に伴う働き手の確保が厳しくなり、派遣業者に頼らざるを得ない状況にあったという。
苦渋の決断と跡地の課題

道路の復旧工事が進み、スキー場は2024年度に営業を再開したものの、2025年度の入場者数は1万5345人にとどまり、町は約7000万円の赤字を補填した。
施設の老朽化、改修や維持など、今後必要な経費が膨れ上がっていくことも課題だった。
根岸裕孝教授は「運営するにあたって燃料費等のコストが上がっている。入場者数1.5万人からV字回復して再生させていくのは厳しい道のりだということでの決断だったのでは」と分析する。
五ヶ瀬町が実施したアンケートでは、町民の約6割が何らかの形での継続を望んでいた。そんな中での苦渋の決断だった。
- 五ヶ瀬町 小迫幸弘町長:
先人があの山の上にあれだけのものを残してくれた。本当に断腸の思いだったが、次の世代の人たちのことも含めて決断させていただいた。

スキー場として歴史を刻んだこの場所で、五ヶ瀬の未来をどう描いていくのか。町にとってスキー場跡地の活用は今後の大きな課題だ。
小迫幸弘町長は、「国といろいろと話をしながら進めるべきところがたくさんある。まだ基本的には白紙の状態。アイデアを出してもいろんな諸条件でなかなかクリアできない。そんな状況の中で利活用ができるものを探っていく」と話す。
かつて冬の山々に響いた歓声は、一つの時代の終わりとともに静寂へと変わる。
しかし、スキー場の廃止は、五ヶ瀬町にとって「終わりの始まり」ではなく、次なる未来を模索する新たなスタートラインだ。
町の象徴を失った今、残された広大な跡地をどう活用し、豊かな自然とどう共生していくのか。
五ヶ瀬の挑戦は、これからも続く。
(テレビ宮崎)






