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局所性ジストニアで左手が動かなくなった音大生 絶望から救った「片手のピアノ」を自ら作り奏でるピアニストに
2026年10月02日

宮崎市出身のピアニスト・押川憧子(おしかわとうこ)さん(25)は、大学4年生の時に左手が思うように動かなくなる「局所性ジストニア」を発症した。一時はピアノをやめることも考えたが、片手のピアノ音楽や周囲の支えに救われ、再び前を向くようになる。世の中に少ない「右手のためのピアノ曲」の制作に挑んだ押川さんは、故郷・宮崎の夜神楽をモチーフにした新曲を完成させた。病を乗り越え、右手だけで鮮やかな音色を紡ぎ出すピアニストの歩みを追う。
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プロを目指すピアニストに起きた異変
宮崎市出身のピアニスト・押川憧子さん(25)は、6歳からピアノを始め、数々のコンクールで入賞を重ねてきた。現在はプロを目指し、東京音楽大学大学院で腕を磨いている。

順風満帆に見えた音楽人生だったが、大学4年生の時に体に異変が起きた。
押川憧子さん:
眠れないくらい痛くて、肩こりみたいな。
診断された病名は「局所性ジストニア」。指先が思い通りに動かなくなる脳の病気で、大きなプレッシャーや過度なストレスが関係すると言われている。
押川憧子さん:
完璧に弾かなきゃと思いながら練習していたのと、大学4年生だったので今後の進路について、大学院に行くとは決めていたけど全然うまくなっていかなくて、でもやっぱりピアノでやっていきたいしと思いながら、自分を追い込んでいる感じ。

遠く離れて暮らす父・謙二郎さんと母・和代さんは、当時をこう振り返る。
父 謙二郎さん:
落ち込んでいる時に僕らに対しての当たりがきつくなった。
母 和代さん:
どこにも当たる場所がないので、私たちは受け止めるしかない。毎日電話をしてLINEもしていたけど、なかなか受け止めることはできない。「1回寝たら、また弾けるんじゃないか」って思うこともあったって、それはそうだろうなと思って。そんなのが辛かった。

日常生活の食事などに支障はないものの、ピアノの連打といった細かいコントロールができなくなった。
押川憧子さん:
「弾かないことが治療としか今は言えません」と言われて、ピアノやめようと思いました。その時は。
押川さんは深い失意のなかにいた。
片手のピアノ音楽との出会い
そんな絶望のなかで出会ったのが、同じ病気を患う左手のピアニスト・智内威雄さんだった。智内さんが主催する「ワンハンドピアノフェスタ」への参加をきっかけに、押川さんの心境に変化が訪れる。

「ワンハンドピアノフェスタ」とは、世代や障害の有無を問わず片手によるピアノ演奏を楽しむイベントだ。
押川憧子さん:
片手の音楽に出会ってすごく救われて、その曲と向き合う時間によって、自然と前を向けるようになった。
片手だけの演奏に希望の光を見出した押川さんだったが、世の中に存在する片手用のピアノ曲は、そのほとんどが左手用であった。

智内威雄さん:
左手のピアノ音楽は戦争とともに歩んできた歴史がある。昔の銃は、右手側が暴発しやすかった。編曲を抜きにしてオリジナルの曲と考えると、右手のピアノ曲は十何個とかそれぐらいだと思う。
演奏活動の幅をさらに広げるため、押川さんは「右手のためのピアノ曲」を自ら作り始めることを決意する。
夜神楽をモチーフにした右手のための新曲
楽曲制作にあたり、押川さんが目をつけたのは先祖が舞っていたという「夜神楽」だった。

そのなかでも、宮崎を代表する画家・弥勒祐徳さんが描く夜神楽の世界観に強く惹かれたという。

押川憧子さん:
初めて絵を見た時に、この世界の中に引き込まれた。私も曲を通じて聴いてくださる皆さんの心に訴えられるような演奏にできればなと思う。

作曲を手掛けたのは、大学院の先輩である我妻英さん。約4か月にわたる打ち合わせを重ね、新曲『神と舞ふ―天に歌ひて』が完成した。
押川さんは、「楽器が笛や太鼓、鈴の音など、右手の音楽は音域的にすごく神楽の音楽と合うんだなと思った。右手の作品を作ることによって、左手が不自由な人が右手の曲を見つけて弾いてくれたらすごく嬉しい」と話す。
生放送番組内で生演奏
完成した新曲について、押川さんは「夜の暗闇から始まり、神様が降りてきて神楽を舞って、夜明けを迎える、そういう曲になりました」と説明する。

テレビ宮崎の生放送番組「U-doki」での生演奏では、これまで支え続けてきた父・謙二郎さんと母・和代さんもスタジオに駆けつけた。
「同じ境遇の人に希望を届けたい」という思いが神楽の祈りと重なりあう楽曲。実際に生披露された演奏は、ピアノ1台のものとは思えないほど、低音から高音まで豊かに響き渡り、聴く者の胸を打った。
父 謙二郎さん:
片手とは思えない。繊細かつダイナミックな演奏が聴けて感動した。
母 和代さん:
辛い時期を乗り越えて、こうして新しい右手のピアノ曲の世界を切り開いていくという活動を心から応援している。
演奏を終えた押川さんは、病気や困難に直面している人々へ向けて、力強いメッセージを贈った。

押川憧子さん:
病気になった当時は目の前が真っ暗で、先が見えない時期があったけど、周りの方の支え、そして何か自分にできることはないかなと思ってそれをずっと続けていく中で、急にパッと光をいただいたので、何かを続けていれば出会うものがきっとあるなという風に思っています。
病気を乗り越え、右手で新たな音楽の扉を開いた押川さん。そのひたむきな挑戦と奏でる音色は、これからも多くの人の背中を優しく押し続けていく。










