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後ろ足のない母ウミガメも 21年間「帰っておいでね」と見送りつづける83歳のレジェンド調査員

2026年08月11日

宮崎県の夜の砂浜で、静かに涙を流しながら産卵するアカウミガメ。全長約1m、体重約100kgの大きなウミガメに浜辺で遭遇すると、人はその姿に圧倒される。恐竜の時代から生き抜いてきた彼らにとって、この浜は「命をつなぐ場所」だ。この浜辺で21年にわたり、アカウミガメの産卵とふ化を見守り続ける調査員・根井武俊さん。暗闇の中を歩き続け、時には傷ついた母ガメの産卵を助けることもあった。「帰っておいでね」と今もウミガメを見守り続けている83歳の根井さんの姿を追った。

ウミガメとレジェンド

まだ暗い、午前4時すぎの宮崎県新富町富田浜。懐中電灯をつけずに砂浜を歩く人がいる。アカウミガメの産卵を見守る宮崎野生動物研究会の調査員・根井武俊さんだ。活動歴21年の根井さんは「レジェンド」との異名を持つ。

根井武俊さん:
21年間、親ガメには「おまえたち、また帰っておいでね」と、子ガメには「大きくなったら帰っておいでね」と言って見送ってきました。

そう話す根井さんは現在、同じ調査員である新富南班の仲間6人と妻の幸恵さんと共に調査を行っている。懐中電灯をつけないのは、光や気配に敏感なアカウミガメにできるだけ刺激を与えないためだ。

日本沿岸で生まれたアカウミガメは、黒潮に乗って大海を回遊し、ふ化から約20年~30年後の5月~8月頃、産卵のために砂浜へ戻ってくると考えられている。

アカウミガメは日が沈むと海から砂浜へ上陸し、約100kgにもなる重い体をゆっくりと前に進めながら、産卵に適した場所を探す。砂浜には大きな足跡が残る。

産卵場所を決めると、後ろ足を使って「産卵巣」と呼ばれる穴を掘る。深さ約40㎝~60cmのツボ型の穴を掘り終えると、約4㎝の白くて真ん丸な卵を3、4個ずつ産み落としていく。

「ウミガメは涙を流しながら産卵する」と言われるが、実際に目から水分を流している。体内の塩分を目から排出しているそうだ。大きな黒い瞳で、ときおりまばたきをする。

100個~150個ほどの卵を産み終えると、後ろ足で卵に砂をかぶせ、産卵巣を埋め固める。その後、産卵巣の周囲の砂をあちこちとかきならすのだが、捕食者から卵を守るために、どこに卵を産んだのかわからないようカモフラージュしているのではないかと考えられている。正確な理由はわかっていない。

調査員は砂浜でアカウミガメの足跡を探し、みつけるとその足跡をたどって産卵巣を探す。しかし、この産卵巣がなかなかみつからない。巧妙にカモフラージュされた範囲に細長い棒を刺し、直径20㎝ほどの産卵巣を探しだすのだが、調査員がいくら探してもみつからない。「もしや産卵せずに海に戻ったのでは?」と諦めかけたとき、レジェンド・根井さんの出番だ。根井さんは1、2回ほど砂に棒を刺すと、「ここよ」と、ピタリと産卵巣をみつける。近くで見ていてもさっぱりわからない、熟練の技だ。

通常、アカウミガメは夜に産卵するが、上陸から海に帰るまで約2時間に及ぶので、夜明け前の調査時に産卵中のアカウミガメに遭遇することがある。恐竜がいた時代から数々の環境変化を乗り越えて命を繋いできたウミガメが、目の前で新しい命を産んでいる。調査員は毎回、畏敬の念のようなものを抱きながら、産卵が終わるのを見計らってすばやく甲羅や頭のサイズを測り、個体識別のためのタグ(標識)をアカウミガメの足に装着する。

その後、朝日がのぼる海へと帰るアカウミガメを見送る。

後ろ足のないウミガメ

アカウミガメは1980年に宮崎県の天然記念物に指定され、県の委託事業として調査が行われている。

約21年前、60代で体を壊して退職した根井さんは、当時富田浜にあった遊歩道を散歩するのが日課になっていた。ある日、富田浜の調査をしていた新富町役場の職員から声をかけられたのがきっかけで、妻の幸恵さんと2人で調査するようになった。

根井さんには忘れられないアカウミガメがいるという。

根井武俊さん:
2015年に後ろ足のない大きなウミガメが上陸してきたんです。ウミガメはサメなどに襲われて片足を食べられてしまうことは珍しくないけど、両足ともないのは初めてでした。

アカウミガメは前足だけでも上陸できるが、後ろ足がないと産卵巣を掘ることができない。また、砂浜に外敵がいたり、産卵に適した場所をみつけることができなかったりすると、いったん海へ戻り、再び別の場所に上陸し、産卵場所を探す。

後ろ足のないアカウミガメはあちこちで穴を掘る動作をするが、掘ることができず、産卵できないまま海へ戻って、また上陸し再び海へ戻る、を繰り返していた。後ろ足のないアカウミガメは足跡が特徴的なので、判別できた。

根井武俊さん:
産卵できないのがあまりにかわいそうで、おそらく3度目の上陸、9回目の穴掘りのときに、ウミガメの背後に寝そべって、穴を掘るのを手伝いました。後ろ足の付け根の動きに合わせて砂をかき出し、穴を掘っていきました。そしてウミガメは、ようやく150個ほどの卵を産むことができました。

その後、アカウミガメは疲れたのか、30分以上かけてゆっくりと海に帰ったという。そのときの卵からふ化した子ガメは、無事成長していれば今頃11才となって大海を泳いでいることだろう。

今年もまた、命の季節が巡ってきた。根井さんが約21年前に「帰っておいでね」と見送った子ガメたちが親となり、砂浜へ帰ってくるかもしれない。「おかえり」と言えるように、根井さんは今日も夜明け前の浜を歩いて砂浜に残された足跡をたどり、ゴミを拾い集めながら、アカウミガメが安心して卵を産める環境を守り続けている。

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