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突然、左手が動かなくなり...右手だけのピアニスト・押川憧子(とうこ)さんが挑む、神楽をテーマにした右手のための曲づくり
2026年07月13日

突然の病を乗り越え、右手だけでピアノを奏でるピアニスト・押川憧子さん。音大でプロを目指していた彼女を襲ったのは、左手が思うように動かなくなる「局所性ジストニア」だった。絶望の淵から「片手の音楽」と出会い、再び光を見出した彼女が今、故郷・宮崎の伝統文化である「神楽」をテーマにした、右手のための新曲作りに挑戦している。演奏会に向けて、新たな一歩を踏み出す彼女の姿を追う。
【動画】右手のピアニスト・押川憧子(おしかわ・とうこ)さん 神楽をモチーフに右手のための曲に
左手の自由を奪った局所性ジストニア
右手だけを使って力強いメロディを奏でるピアニスト 、宮崎市出身の押川憧子(おしかわとうこさん)さん(25)。

6歳から本格的にピアノを始め、数々のコンクールで入賞を果たしてきた押川さんは、東京音楽大学に進学しプロのピアニストを目指していた。
しかし大学4年生の秋、脳からの指令がうまく伝わらず、左手が思い通りに動かなくなる「局所性ジストニア」と診断された。

押川憧子さん:
ショックで、これからどうしていこうと思うとすごく悲しかったし、ずっと泣いていた。
片手音楽との出会いと国際コンクール

失意の底にあった押川さんを救ったのは、片手のために作られたピアノ曲との出会いだった。両手での演奏とは異なる魅力に惹かれ、演奏活動を再開。2025年には左手のピアノ国際コンクールに出場し、右手での演奏にも関わらず、セミプロフェッショナル部門で1位に輝いた。
押川憧子さん:
片手だと一対一で語りかけているみたいな音楽になる。自分が片手の音楽を知って弾いていったから分かった世界。
右手のための楽曲不足を解消する挑戦
自分と同じ境遇の人に片手音楽の魅力を伝えたいと考えた押川さんは、大学院へ進み研究を開始した。

しかし、右手用に作られたピアノ曲は、左手用に比べて極めて少ないのが現状だ。そこで押川さんは、右手のための楽曲を自ら創作することを決意した。
高千穂の神楽と故・弥勒祐徳さんの絵画から着想
新曲のテーマに選んだのは、先祖が舞っていたという「神楽」だ。

押川さんは高千穂神社を訪れて実際に神楽を見学した。
押川憧子さん:
活気にあふれていて温かい空間の印象をもったので、演奏にも温かみを出せていけたら。右手の高音域はきらびやかさや華やかさなど装飾性が表現できる。笛や鈴の音はあっているんじゃないかと思う。

さらに、神楽を調べる中で、宮崎を代表する画家、故・弥勒祐徳さんの情熱的な絵画に出会った。2024年に105歳で逝去した弥勒さんは、神楽や郷土の風景など生涯を通して絵を描き続けた。

押川憧子さん:
ゴッホ的な温かみがある絵だなという感覚で、人がたくさんいてにぎわっている。でも暗闇、でも明るい絵もあるというのが不思議。
躍動感とうねりを表現する作曲家
押川さんの感性と弥勒さんの作品を元に作曲を手掛けるのは、大学院の先輩で作曲家の我妻英さんだ。

打ち合わせを重ねる中で、我妻さんは押川さんと弥勒さんに、共通する魅力を感じているという。
作曲家 我妻英さん:
弥勒さんの筆の躍動感と、押川さんの右手一本でスケール大きくうねるように表現するところが自分の中で重なるイメージがある。押川さんの演奏にはそういう一種の躍動感がある。
2026年4月から始まった曲作り。夜神楽の始まりを表現した序章の構想が出来上がりつつある。

曲の始まりは、右手全体を使って低い音を一気に押し込み、夜の深い暗闇を表現する。指先ではなく、手のひらで鍵盤を抑えることで、手の負担を減らすというアイデアだ。
故郷への思いを込めた新曲は、8月25日に宮崎市のオルブライトホールで開催される演奏会で初めて披露される。
押川憧子さんは「自分が救われたので、右手の作品を作ることで左手が不自由になったりした人が、右手の曲を見つけて弾いてくれたら嬉しい。音楽を通して宮崎に恩返しできたらなと思って、頑張って準備していきたい」と話す。
救ってくれた片手の音楽で、同じ悩みを持つ誰かの光になりたい。押川さんはこの夏、故郷のステージから新しい一歩を踏み出す。










