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【特集】宮崎市の85歳男性がCDデビュー!歓楽街ニシタチの夜を歌った曲に込めた思い
2026年09月23日 18時20分
特集は、85歳にして歌手としてCDデビューを果たした宮崎市の男性を紹介します。
宮崎を元気にしたいという思いで宮崎の歓楽街ニシタチの夜を歌った曲。念願の「スナック」で歌声を響かせました。
「♪あ~れから何年過ぎたでしょうか~」
宮崎市で開かれた歌謡教室。
「歌う事が好き」という仲間が月に2回ほど集まります。
その中の一人、宮崎市の日高宗一さん85歳。
実は…8月、歌手としてCDデビューを果たしました。
(日高宗一さん)
「酒を愛し、人を恋し、若き日を忍ぶ思いの哀愁演歌、とでもいいましょうか。ムード歌謡に近いリズムですよね」
宮崎市内を中心にカラオケ教室の講師として活動していた日高さん。
8月、日下部洋という名前でCDを自主制作しました。
曲名は「宮崎の夜」。
(日高宗一さん)
「我々の時代っていうのは、お食事からお酒の席というのがほとんどだった。その場所っていうと西橘通り『ニシタチ』になるわけですよ。今の街の姿をみるとさびれていますんでね、もう一度我々がいたようなそういうニシタチに帰ってほしいなという、それが宮崎の観光浮揚の一助になればという思いも込めて」
1941年満州に生まれた日高さんは、1歳半の時、祖父のいる宮崎に移り住みました。大学では建築を学び宮崎市に建築事務所を設立。
商業施設や官公庁舎などの設計を手掛けてきました。
(日高宗一さん)
「これが東郷町のさくら館。(今もこのままですよね?)このままです」
昔から歌を歌うことが大好きだったという日高さん。
CDを作ることになったのは妻・籌惠さんの一言がきっかけでした。
(日高さん&妻・籌惠さん)
「私は主人の歌声の大ファンなんです。それで低い音も高い音も声の伸びとか艶とかまだ健在だから、健在のうちに録音していたらどう?と…」
「そういう話があって、大蔵省がOKを出した!ということで俺の通夜の時に流す曲を作るか、という話になって」
作詞作曲は宮崎在住の作曲家に依頼。日高さんも編曲に携わり曲を完成させました。
(日高さん&妻・籌惠さん)
「初めての歌だから大切に歌って皆さんにも聞いていただけたらと思います」
この日、日高さんは当時の飲み仲間などに見守られる中、自身が設計したスナックで「宮崎の夜」を披露します。
(日高さん)
「設計したまま残してくれてありがたい。この天井も全部設計した時のそのまんまです」
(友人)
「懐かしいですね~」
「そこそこ歳をとってCD出すっていうのは、やっぱりガッツがないとできませんよ。素晴らしいですね」
(日高さん)
「本当に楽しかったニシタチ、もう一度元気になってほしいとそういう思いを込めて歌っていこうと思います」
(日高さん)
「きょうはね、本当にありがとう!…乾杯!」










