番組表
「牛乳と炭酸は混ざらない」 業界の常識に挑んだ炭酸飲料『愛のスコール』
2026年08月12日 18時20分
宮崎県民にはおなじみの牛乳を使った炭酸飲料「愛のスコール」が、今年誕生55周年となります。その誕生の裏には、牛乳への愛と業界の常識への挑戦がありました。
真っ白な色合いと、緑のラベルがトレードマークの炭酸飲料「愛のスコール」。
(竹下凜アナウンサー)
「爽やかな甘さがシュワっと広がって、とってもおいしいです。福岡出身の私にとっても幼い頃から飲んでいたなじみ深い『愛のスコール』、実は宮崎生まれの飲み物なんです」
スコールが生まれたのは今から55年前。
製造しているのは、宮崎県都城市に本社を置く乳業メーカー・南日本酪農協同です。
会社は、1954年に制定された酪農を巡る新たな法律で苦境に立たされていた南九州の小規模な酪農家を救うために設立されました。
(南日本酪農協同 百丸俊昭社長)
「酪農振興法ができた関係で(小規模な酪農家は)生乳の加工、製造ができない。工場の建設すらできない状態でした」
生産から処理・加工までを一貫して行う会社としてスタートした南日本酪農協同。
そこで直面したのが余剰乳の問題でした。
牛乳の需要が落ちる冬場、タンクが満杯になると古い生乳は新しい生乳と入れ替えるために捨てられていました。
そうした中、初代社長・木之下利夫氏にスコール誕生のきっかけとなるある出来事が起こりました。
(百丸俊昭社長)
「(木之下初代社長が)仲間と鹿児島の海岸に磯釣りに行っていたときに、クーラーボックスの中で(こぼれた)サイダーと牛乳が混ざったのを見てひらめいた」
「牛乳嫌いの子供でも、炭酸で割った牛乳であれば、これであれば飲めるのではないかという発想のもとにできた」
新商品のヒントは得られたものの、その開発は一筋縄ではいかないものでした。
なぜなら牛乳と炭酸を混ぜると乳成分の一部が固まってしまうのです。
当時の乳業メーカーの間では牛乳と炭酸が混ざらないことは「常識」でした。
(百丸俊昭社長)
「当時、パソコンもない時代。紙の膨大な資料があって、スコールができるに至る理論と工程についてものすごく緻密な計算がされていて、とても今では真似できない」
こうして誕生したのが通称『スコールパウダー』。
乳成分を粉末にすることで炭酸に混ぜても成分が固まらず、現代ほど冷蔵技術が発達していなかった当時でも簡単に保存できました。
(百丸俊昭社長)
「当時から“先駆独創”という考えが会社の根底にあったということで、新しいことに挑戦したり、日本初の商品を作りたいといった強い思いがあったようです」
これらの精神は今も受け継がれ、これまでに開発されたスコールは延べ100種類以上。
菓子などの関連商品も発売され、今年6月には人気キャラクター「シナモロール」とコラボレーションしました。
さらに…
(竹下凜アナウンサー)
「宮崎の空の玄関口・宮崎空港では、愛のスコール発売55周年を記念した期間限定ストアが開かれています」
この場所には、商品だけでなくスコールの発売当初に使われていた瓶やケースなども並びます。
(兵庫県民)
「銭湯でお風呂上りに牛乳などを飲むじゃないですか、それと同じように(昔は銭湯に)置いてありました」
(東京都民)
「他のどの飲み物にも似てないおいしさがありますし、飲んだ後に『懐かしいな』という感じがするので好きです」
(百丸俊昭社長)
「酪農家を母体としてできた会社ということと、乳を扱う専業乳業メーカーとして、どうしても特徴ある乳製品を作りたいという強い想いがあったし、今もあります」
宮崎が全国に誇る愛のスコール。
そこに込められた牛乳への愛と特徴ある商品を開発したいという思いは、誕生55周年を迎えた今もアツく受け継がれています。










