Documentary

令和2年5月26日(火)午後8時~8時55分*予定

「山峡に咲く ~土呂久100年の記憶~」

神話の里として知られる町、宮崎県高千穂町。その山間に「土呂久」という集落がある。住民は約70人。四季折々の美しい風景を楽しみ、自然の恵みに感謝しながら暮らすこの場所には、ゆったりとした時間が流れている。しかし、かつてこの集落では、鉱山が稼働し、緑が消え、住民が病に苦しんだ時代があった。

今年2020年は、土呂久で猛毒の亜ヒ酸を生産する「亜ヒ焼き」が始まって100年。それによって引き起こされた公害の事実が明るみになって50年目。そして、正当な補償を求めて、住民の一部が大企業を相手に闘った裁判の和解から30年の年となる。

鉱山の栄華を知る元工夫。裁判の当事者として、公害の歴史を語り継ぐ夫婦。そして、蘇った環境を活かし、集落の未来を担う畜産農家。様々な立場の住民が、先人たちの苦しみ、勇気、努力を受け止め、今を生きている。そんな土呂久には、国の内外から人々が学びに訪れ、その教訓は海外でも活かされている。

歴史が、住民が、そして「土呂久」という場所が、私たちに教えてくれることは何か。集落の1年を追った。

UMKアーカイブス

〜よみがえるあの時代〜

1970年4月開局以来、その時代の宮崎を切り取った数々のドキュメンタリー番組を制作してきました。
開局50周年の節目に、共に歩んできた宮崎の歴史を毎週レギュラー番組として火曜日の深夜0時54分から放送します。
さらに、3か月に2回は、日曜日夕方4時からスペシャル放送します。

5月3日(日)夕方4時00分~夕方5時00分(予定)

FNSソフト工場 サイエンスドキュメンタリー「天空の大爆発 赤いオーロラを追え!」

オーロラ。その姿にはひとつとして同じものがない。その光も、時には青白く、時には緑に輝く。そのオーロラの中には、科学者でさえ目にしたことのない『幻のオーロラ』があるという。「グレート・レッド・オーロラ」、巨大な赤いオーロラと呼ばれる幻のオーロラを求めて、南国・宮崎の取材班が北極圏の街へ入った。その行く手をはばむ、想像を絶する雪と氷の世界。果たして、幻の「グレート・レッド・オーロラ」を映像におさめることができるのだろうか?雪さえ知らない南国取材班が、今、極寒の北極圏へ挑戦する。  取材班はスウェーデンの北部、北極圏に位置するキルナ市に入った。キルナは、四国よりも少し広い土地に、二万六千人ほどの人が住む、オーロラが真上に出る場所としても知られている。

受賞歴2001年 科学放送高柳賞「高柳記念賞」
初放送2001年(平成13年)3月3日(土)放送

5月26日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー「島が笑った~築島18年ぶりの花嫁〜」

宮崎県串間市の築島は、約1万本のビロウ樹が自生する緑豊かな周囲約4キロの小さな島です。島には、18世帯70人余りが住み、黒潮の恵みを受けた近海漁業を糧に生活しています。  この築島に平成2年、実に18年ぶりに花嫁が渡ってきました。  近藤克浩さん(24歳)と愛子さん(21歳)の結婚から感動の出産までを追いながら、島の生活と「やしね子」という珍しい風習を紹介し、島民にとって子どもは宝であり、築島にとって新たな生命の誕生がいかに大切かを紹介するドキュメンタリー。

初放送1991年(平成3年)5月26日(土)放送

6月2日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

FNSソフト工場 「北緯32度の旅~幸せを運ぶひょっとこ踊り~」

宮崎県の北緯は、32度。同じ北緯32度を西へ西へと進むとどんな文化を持った国があるんだろうか?宮崎の郷土芸能で国際交流はできるだろうか? この疑問を解決するため、宮崎県の代表的な郷土芸能「ひょっとこ踊り」を継承する日向橘ひょっとこ踊り保存会上山利幸会長と髙橋留義副会長の2人が旅に出た。日向弁しかしゃべれない2人のひょっとこ踊りは、訪問国の皆さんを幸せにできるのだろうか。ネパール、モロッコ、アメリカ合衆国グランドキャニオンでひょっとこ踊りで国際交流した物語。

受賞歴平成19年日本民間放送連盟賞 九州沖縄地区テレビエンターテインメント番組部門「優秀賞」
初放送2006年(平成18年)10月23日(月)放送

6月7日(日)夕方4時00分~夕方5時00分(予定)

UMKドキュメンタリー「石の証言~平和の塔の真実~」

宮崎市中心部の高台にそびえ立つ「平和の塔」は、建設当時(1938年昭和13年11月構想発表、1939年昭和14年5月20日起工式)は、通称「八紘一宇の塔」と呼ばれ、「八紘一宇」の精神は、日中戦争から太平洋戦争へと拡大する時代、大東亜共栄圏を理想とする大日本帝国の東アジア侵略の大義名分・スローガンとして利用された。塔の中央には、「八紘一宇」の文字が彫り込まれ、その土台には、日中戦争時(1939年)、国内外の日本人団体や中国各地に展開していた旧日本陸軍部隊から送られた1700個以上の石が、はめ込まれている。  石が送られて60年、完成して59年。まもなく20世紀も終わろうとしているのに、「平和の塔」の正確な歴史は語られていない。建設当時の「平和の塔」の真実とは?

受賞歴平成11年日本民間放送連盟賞 テレビ教養番組部門「最優秀賞」
初放送1999年(平成11年)5月29日(土)放送

7月7日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー「楽園のサル達 そして三戸のおばちゃん」

ニホンザルの楽園「幸島」は、日南海岸国定公園のほぼ真ん中、串間市市木の沖合いに、ぽっかりと浮かぶ、周囲がおよそ4キロの小さな島です。幸島のサルの生態研究は、世界にも他に例のない家系図を元に進められました。そして、研究が進むにつれ、他のニホンザルには見ることの出来ない、新しい行動が次々と発見されました。芋を洗って食べるサル。ついには魚や貝を食べるサル。 京都大学幸島観察所のお手伝い調査員から始まり、非常勤講師、野生ザル研究家になった三戸サツヱさんの記録ドキュメンタリー。

初放送1985年(昭和60年)1月1日(火)放送

7月14日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー 牧水誕生100年記念「寂しみて…愛~若山牧水~」

旅を愛し酒を愛した歌人・若山牧水は、宮崎県日向市東郷町坪谷の出身です。生誕100年を記念して、岸川智美アナウンサーが若山牧水の人生と歌の足跡を旅してまわったドキュメンタリー。 若山牧水が最後の8年間を過ごした沼津時代の様子を探るため、弟子・鈴木浚一さんと静岡県富士宮市に住む若山牧水の長女・石井みさきさんを訪ねる。 若山牧水の代表作「幾山河越えて越えさりゆかば」の歌を作ったのは、恋人・小枝子さんと知り合ってすぐの明治40年6月。初めての一人旅で、小枝子さんへの熱き想いを込めて作った歌でした。 純粋に生きた若山牧水の生涯を追ったドキュメンタリーです。

初放送1986年(昭和61年)1月2日(木)放送

7月21日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

開局25周年記念UMKドキュメンタリー「遥かなる邂逅~ある“大陸孤児”50年の記憶~」

太平洋戦争中、家族とともに中国・大連市で暮らしていた松下昭司さん(終戦当時15歳)は、戦争勃発で父親を兵役にとられ行方不明。母親も昭和20年4月病死。兄弟3人で8月15日の終戦を迎えます。年が明けて昭和21年からは食べ物に困り、自活するために一人飛び出した松下さんでしたが、飢えと体力の衰えで、ある野菜市場で倒れてしまいます。 引き揚げまでの1年半の飢えと寒さは、一生忘れられないという松下さんにとって、50年間思い続けたことがありました。「大連郊外の農村を訪ね、命の恩人一家を捜し出し、直接、感謝の気持ちを伝えたい。」 戦後50年の節目、松下昭司さん65歳の大連への恩人捜しを追ったドキュメンタリーです。

初放送1995年(平成7年)5月29日(月)放送

7月28日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー「熊森が消える~追跡 九州ツキノワグマ~」

九州での熊の過去帳によると、江戸時代の享保年間以来、祖母傾の山々で捕えられたツキノワグマはのべ50頭。その大半は宮崎県側での捕獲と記録されています。その後、昭和16年の宮崎県側での捕獲記録を最後に、九州のツキノワグマは絶滅したというのが定説になっていました。 ところが、昭和62年、これまでの定説を覆すショッキングな出来事が起こりました。ツキノワグマが射殺されたのです。祖母・傾山系笠松山の大分県側の麓でした。 九州のツキノワグマは本当に絶滅したのか、それとも生き残ったのか。 絶滅したといわれる九州のツキノワグマを追ったドキュメンタリーです。

初放送1998年(平成10年)6月10日(水)放送

8月9日(日)午後4時00分~午後5時00分(予定)

UMKドキュメンタリー「陽炎(かげろう)~ある台湾植民地兵の叫び~」

平成10年5月7日、宮崎地方裁判所に戦後補償を求めた訴訟が起こされました。訴えたのは、台湾出身の元日本兵、林 水木(はやし みき)さんです。林さんは、捕虜虐待の罪に問われたBC級戦犯でした。林さんは言います。「日本人であろうと外国人であろうと戦犯として扱ったんだから、そのために服役しているんだから補償があってしかるべき。」 かつて、台湾は、日本の植民地でした。これは、日本人ではないと、戦後補償から見捨てられてきた元台湾植民地兵の悲痛なる叫びです。

受賞歴平成11年日本民間放送連盟賞 テレビ報道番組部門「優秀賞」
第14回世界テレビ映像祭「準審査員特別賞」
初放送1998年(平成10年)8月14日(金)放送

8月18日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー「大地に生きた愛と運命~中国残留婦人三世の家族史~」

原田静(はらだ しずか)さん23歳の中国名は、連静(Lian Jing)。中国残留婦人を祖母に持ち、日本に来たのは1990年5月。11歳になる直前のことでした。 1979年、ロシア国境に近い黒龍江省の農村に生まれた原田静さんは、日本人である祖母のルーツを知らずに幼少期を過ごしました。しかし、1982年に祖母は帰国。その後、原田静さんも中国を離れ、宮崎に住むことになります。 戸惑いながらも歳月は流れ、宮崎公立大学に進学。4年生になった時、時代に翻弄されながらも生き抜いてきた祖母の歴史と数奇な運命の家族史を卒業論文にまとめました。 中国の旧日本人開拓村を訪ね、家族のルーツを調べて回った原田静さんのドキュメンタリーです。

受賞歴平成15年日本民間放送連盟賞 九州沖縄地区テレビ教養番組部門「優秀賞」
第12回FNSドキュメンタリー大賞「特別賞」
初放送2003年(平成15年)5月3日(土)

8月25日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー「新民先生〜ふりかえりみて悔いなき時なり・日中友好の架け橋」

宮崎県北方町と日之影町にまたがる旧槇峰鉱山。昭和初期には学校や商店街、映画館までもあり日本有数の銅鉱山として繁栄を遂げた時期もありました。 太平洋戦争中、ここで悲劇的な事件は起こります。日本政府・軍は、戦争で不足した労働力を補うため、中国人を強制連行。槇峰鉱山では240人の中国人が強制労働を強いられ、10ヶ月の間に67人が死亡しています。 しかし、生還した中国人の証言から、中国人を助けた日本人通訳がいたことが分かりました。彼の名前は新名言志さん。上海の東亜同文書院大学に在学中、日中友好の思想を学んだ人物でした。 中国人労働者から「新民先生」と呼ばれた新名言志さんの人物像に迫るドキュメンタリーです。

受賞歴2006年度「東亜同文書院記念賞」
初放送2006年(平成18年)5月30日(火)

9月1日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

UMKドキュメンタリー「合衆国のせんせい~医師は病める人のものである~」

宮崎県川南町は、日本三大開拓地の一つとして「川南合衆国」と呼ばれています。この町にお年寄りたちで賑わう小さな病院があります。崧雲会(すううんかい)林クリニック。 患者さんからの信頼は絶大。この病院の院長は、台湾出身の林嘉昌医師61歳。27歳で医師を志し、海を越え長崎大学医学部に入学。43歳で川南合衆国にやってきて、地域医療を支えてきました。 先生は常に患者さんとのコミュニケーションを大切にし、診察で最も大切なのは常に患者さんの心の声に耳を澄ますことだと言う。 林嘉昌医師61歳と病院の一年を追った、地域医療の現実とこれからの医療を考えるドキュメンタリーです。

初放送2008年(平成20年)5月25日(日)

9月8日(火)深夜0時54分~深夜1時54分(予定)

ドキュメント発見伝「僕の見た硫黄島」

太平洋戦争終戦から63年目の終戦記念日を迎えようとしていた2008年6月、アメリカから宮崎に2冊の手帳が届けられました。元日本兵、黒田勲さんと竹内忠夫さんのもので、激戦地・硫黄島から元アメリカ海兵隊員が、戦利品として持ち帰ったものでした。 その手帳は、不思議な縁で18歳のアメリカ人少女・エイミーの手元に。更にその手帳は、日本人の義理の母に届けられ、遺族探しのため、地元テレビ局の24歳のディレクターの手元に届けられました。 戦後63年が経過した今、初めて紐解かれる日本兵の手帳。その中に克明に記された戦時中の記録。手帳の数奇な運命が現代の若者に問いかけるメッセージとは、一体何なのか。

受賞歴ドキュメント発見伝 2009年年間作品賞「優秀賞」
初放送2009年(平成21年)3月28日(火)

9月20日(日)午後4時00分~午後5時00分(予定)

UMKドキュメンタリー「日々是好日~天国にいちばん近い里~」

戦後、驚異的な高度成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした日本。その繁栄の陰で山村は過疎化と高齢化という問題に悩まされてきました。特に、福祉問題で悩まされている地域がほとんどです。 しかし、宮崎県西都市平八重(だいらがはえ)地区は違っていました。12戸26人の典型的な山里ですが、老人たちが生き生きと過ごしているのです。 この地区最高齢の黒木好雄さんアサエさん夫婦。二人のゆっくりとした時間の中で過ごす昔ながらの生活は、どことなく懐かしさを感じてしまいます。晴れたら畑仕事をし、雨が降ったら作業をやめるという自然任せの生活。自分が死ぬまで満足して暮らせるような場所がなくなってきている中、二人の生活を見ていると、この場所がまさに天国のように思える。 黒木好雄さんアサエさん夫婦を淡々と撮ったドキュメンタリーです。

受賞歴第9回FNSドキュメンタリー大賞「特別賞」
初放送2000年(平成12年)5月27日(土)
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