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2018年04月09日

旅立ちの春2018 もしもしコーナーに密着(2018年4月7日放送)

春は出会いと別れの季節。
新年度になり新生活を始めたという方も多いのではないでしょうか?
ということで、今回は宮崎ブーゲンビリア空港の「もしもしコーナー」に密着してきました。

先月下旬、青空が澄み渡る宮崎ブーゲンビリア空港
空港の入り口から2階へ上ると、そこは出発前の人たちが行き交うロビーが広がります。
その一角にあるのが「もしもしコーナー」です。

ガラス一枚を挟む二対の電話。通常飛行機に乗る人は保安検査場を通ったあと見送る人と直接話すことはできません。しかし、この電話を使えば搭乗待合室に入った後でもガラス越しに会話をすることができます。

宮崎ブーゲンビリア空港

 

去年の春、U-dokiではこのもしもしコーナーの一日に密着しました。
この場所から様々なドラマが誕生していました。
そして2018年春、今年はどんなストーリーが生まれるのでしょうか?

もしもしコーナー

もしもしコーナーに密着

 

もしもしコーナーで生まれる様々な会話。
見送る人と見送られる人の愛情溢れる言葉のキャッチボールをちょっと覗かせてもらいました。

-小さな子供とお父さん-
「お父ちゃん元気でね。元気でお仕事してね。お父ちゃん来てね。」
「夏頃に行けるかもね。」
「もう少ししたら戻ってきてね。」
「わかった。」

-小学生の友だち-
「小学生頑張ってね。」
「皆きょうは来てくれてありがとう。」
「また帰ってきてね。」

-仲間たち-
「もしもし?」
「バイバイありがとう。」
「バイバイ。」
「告白は?」www
「チキ南蛮より好きでした。」
「バイバイ。」「バイバイ。」「バイバイ。」

 

この日、空港に3年間の学生生活を共に過ごしてきた仲間たちがいました。
仲間の一人が東京に旅立ちます。
クラスのみんなと日常生活で会話することが一番楽しかったと話すこの女の子は受話器口で「泣かんで。」
と友達に声をかけていました。最後までめいいっぱい手を振って笑顔で旅立っていきました。
見送った友達は「やっぱり別れは寂しいということを改めて実感しました。」と名残惜しそうに話してくれました。

 

次にこの春大阪に就職が決まった友達を見送る男の子
「3年間ずっと一緒やったねー。」
「だかいよ。あっという間やった。」
「これからやね、仕事頑張らんと。」
「逃げちゃダメやぞ。」
「逃げんわ。」
「頑張れよ、てか俺が頑張るわ。」

見送った友達は「現実なんだと実感した。3年間の思い出が胸にきて悲しい。でも大阪に行っても頑張って欲しい。」と寂しいけれど友だちを応援する気持ちを話してくれました。

 

そして中にはこんな人も・・・
こちらの様子を見てガラス越しにいる取材班に電話をかけてきました。w
これから全国大会に向かうレスリング部の人たちでした。
彼らもこの電話を使うと友人との別れを思い出すそうです。
「今までありがとう。」という言葉を聞いて涙を堪えたのを思い出したとのことでした。

 

そして次に大阪から宮崎に帰省していたご家族。
ご主人だけ一足早く大阪へ帰るそうです。大好きなパパと一週間の別れ。
小さな男の子とお父さんのやりとりです。

「パパ聞こえる?」
「聞こえてるよ。大阪で待ってるからね。」
「うん・・・。」
「バイバイできる?」
「・・・・・・・・泣」

男の子はとうとう泣いてしまいました。
もしもしコーナーを使うのは初めてだというお父さんは「なんかいいですね。最後こういうのが良かったです。」と後ろ髪引かれながら大阪へ向かわれました。

 

そんな中一際明るく見送る一人の方がいました。

「宮崎に来たらコレしないと。宮崎空港ではすごい人気なの、もしもし電話。」
「じゃあまたね。いってらっしゃい~。」
と受話器越しに話すのは、旅行に来ていた友達を見送りに来た女性でした。
宮崎に来た方をお見送りする時は必ずもしもし電話で「いってらっしゃい。」を言うそうです。アナログの良さがあって心が伝わるのだと話してくれました。

 

もしもしコーナーの歴史は昭和40年代に遡ります。
日本で初めて宮崎空港に設置され、およそ50年間に渡って別れのひと時を演出してきました。
昭和45年にハイジャック防止法が制定され、出発旅客と見送り客を完全に分ける形になりました。

当時も全面ガラス張りの待合室で見送る人は旅立つ人と言葉を交わすことはできませんでした。
そこで病院の窓口のような穴のあいた会話ができるようなスペースを設けましたが、保安上の問題で一時的に終わってしまいました。
それから昭和50年になりインターホンを設置して「もしもしコーナー」を誕生させました。

宮崎空港ビルの前田さん

「携帯電話が普及している時代ですが、相手の顔を見ながら自分の気持ちを伝えられる場所として激励の言葉や感謝の言葉を言い合えるような場所であればいいな。」と宮崎空港ビルの前田さんは話します。

様々なドラマを生み出してきたもしもしコーナー。
365日休むことなく旅立つ人と見送る人を繋いでいます。

 

神奈川へ旅立つ娘さんを見送りにご家族と親戚が来ていました。
「無理しないで頑張りなさいね。できることだけでいいからちゃんと協力して頑張るんだよ。」
「頑張ります。」
「気をつけてね。体にだけはね。」
「また着いたら連絡します。」
「風邪ひかないように病気にならないように。」
「はい、頑張ります。」
涙をふきながら家族のあたたかい言葉に耳を傾ける娘さん。寂しさとこれからの期待感を胸に、とても清々しい表情で搭乗されて行きました。

 

そして次に慌ててガラス越しに手をかざす老夫婦。孫の見送りになんとか間に合ったおじいちゃんと
おばあちゃんでした。
「間に合った、ごめんね。」
「また帰ってきないよ。カラオケ行くぞ。」
「気をつけてね、すぐ会えるが。」
「ありがとう。」
受話器を置いた後「涙がでる・・・」とつぶやくおばあちゃん。
「生まれた時からずっと私達がみたもんだから。」と寂しそうに話します。

屋上デッキで見送りをする人たち

 

名残惜しい最後のひと時「頑張ってね。」「元気でね。」とお互いエールを送りあえる場所
気取ることなく素直な気持ちになれる場所。
この春大切な人に伝え忘れたことはありませんか?
変わりゆく日々の中であなたのそばにもきっと変わらないものがあるはずです。

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