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ヒューマン

No.47 JICA九州国際センター 植村吏香さん@国富町出身(12月2日放送)

2017年12月04日

今週のヒューマンは開発途上国を豊かにするため、様々な支援を行なっているJICA九州国際センターの所長 植村吏香さんです。
様々な国際貢献活動を行うJICAの具体的な活動内容、そしておよそ30年国際貢献に携わる植村さんにその意義を聞いて来ました。

もし、世界の人口が100としたら。。。開発途上国に暮らす人は82人。
食料不足や感染症、紛争にテロ。世界には開発途上国と呼ばれる貧しい国がおよそ160ヶ国もあります。
その開発途上国に援助を行なっているのが、独立行政法人 国際協力機構JICAです。そのJICAの中で開発途上国と九州を繋ぐ窓口となるのが、JICA九州国際センター
今年、国富町出身の植村吏香さんがこのセンターのトップに就任しました。

JICA九州国際センター所長 植村吏香さん

「私たちだけでは生きていけないので、海外との関係を大事にしていくべきだなと思う。その一翼を担っているのが私たちの仕事かなと思います。」

国際貢献に国境はない。
そう語る、植村さんの信念に迫ります。

日本の近代化の先駆けとなった福岡県北九州市。
この町に、JICA九州国際センターがあります。
JICAは開発途上国に暮らす人々の生活を豊かにするため、国の予算を使って様々な援助を行なっている組織です。私たちがよく耳にする青年海外協力隊や、海外に発生した災害に対応する国際緊急援助隊の派遣もJICAの仕事です。
JICAは世界96カ所に事務所を持ち、国内にも15の拠点を構えています。
植村さんが所長を務めるJICA九州国際センターもその一つです。

所長の仕事は40人いるスタッフの日常業務の管理や途上国の援助に繋がる活動を自治体や民間企業に提案するなど多忙を極めます。

会議の様子

自治体などが海外の途上国の方々に対してプロジェクトをやりたいという場合にそれを支援する草の根技術協力事業というものがあり、植村さんは各地を営業に周り九州各自治体や企業、大学などと連携しながら開発途上国の援助を行っています。

JICAの活動の場は、海外だけではありません。
途上国から研修員を招き日本の技術を伝える研修員受け入れ事業を行なっていて、センターには研修員が滞在できる宿泊施設や食堂も備えています。

研修員が滞在できる宿泊施設

宿泊施設を見せてもらうことにしました。
この部屋にはフィジーから来たイソアさんが滞在していました。

フィジーから来たイソアさん

イソアさんはフィジーの消防士で、消防・防災技術向上研修に参加するため日本に来たそうです。
「研修で学んだことを習得して母国で消防・防災技術の向上の普及活動に取り組んでいきたい。」と話します。

JICA九州国際センターは30年前から北九州市消防局と協力して途上国の消防士を受け入れ、消防・防災訓練を行なっています。

訓練中の気迫のこもったかけ声から、安全確認の「ヨシ!」は途上国の消防隊も使用していることがわかります。
この日は2ヶ月半に及んだ訓練の成果を披露する場が設けられ、JICAを代表して植村さんも見守りました。

研修参加国は8カ国。アルジェリア、バングラディッシュ、フィジー、モンゴル、パプアニューギニア、サモア、トンガ、ベトナムと様々です。
中高層建物火災を想定した消火及び救助訓練を行う中、この日はイソアさんが大隊長となり研修員をまとめていました。

訓練中の様子

修了式では、植村さんは研修員に向けて「みなさんは素晴らしい訓練姿を披露してくれました。次はみなさんが日本で学び得た知識や技術を母国の組織で共有する番です。」と話しました。

途上国によっては正式な消防組織がない国もあり、彼らが消防を担うリーダーとなっていくのです。

途上国を豊かな国にしたい。
そう願う植村さんが国際貢献に携わるようになったそのわけとは。。。

この日、植村さんの姿は故郷宮崎にありました。
宮崎県青年海外協力隊を支援する会創立20周年の記念式典。
協力隊を支えて来た関係者やOBなどが参加しました。

これまで宮崎県からJICAの海外ボランティアとして途上国に派遣された人の数は567人。これは、人口比で見ると全国3位の実績です。
宮崎県民はおもてなしの心があるのでボランティアに向いていると植村さんも話します。

1963年国富町に生まれた植村さん。海外への憧れを持ったきっかけは、子供のころから触れていた外国の音楽や映画でした。高校のころ、映画や音楽を聞いて字幕を書く職業に憧れたそうです。

植村さん

海外への興味を募らせていった植村さんは東京外国語大学に進学。語学の幅を広げるため、中国語を専攻しました。卒業後は海外で働く夢を叶えるため大手メーカーに就職しました。
しかし、夢と現実は違っていました。
男女雇用均等法ができて女性も男性も一緒に仕事をしていく感じはあるものの、まだ大企業では女性はアシスタントだった時代。やりたいことがやれずに一年経った頃「これではいけないな。」と思いもう一度中国語を勉強し直し、新聞広告で国際協力事業団(JICAノ前身)の求人を見つけたことが
きっかけだったそうです。
国際協力事業団に惹かれた理由は、 国際協力という仕事のやりがいを感じたからだそうです。
25歳の時、持ち前の行動力で国際協力事業団に転職を果たした植村さん。
これまで訪れた国は18ヶ国を数えます。

国際協力事業団で訪れた国

また印象に残っている国、出来事を伺ってみました。
「どこの国も思い出がありますが、中国赴任の3年間。その中でも一番印象に残っているのが四川大地震です。」と当時を振り返る植村さん。
2008年5月。中国の四川省でマグニチュード8.0の地震が発生。
死者行方不明者およそ9万人の大惨事となりました。
当時中国の北京事務所に駐在していた植村さんは、地震発生後被災地に入り、日本から派遣された緊急援助隊を受け入れる後方支援業務に携わりました。

地震発生後被災地

ケガをした人がとても多く、中国の方だけではなかなか厳しいとのことで日本のお医者さんを中心としたチームが来た時に植村さんも一緒に四川省成都市の病院に派遣され1週間ほど活動していました。
「全然発展していない少数民族が多い貧しい地域だったので、だからこそお子さんを亡くしたりお母さんを亡くしたりというのが胸が痛かった。」と話します。

当時日本と中国は尖閣諸島の領有権などを巡り対立。
反日感情が強い中国での救援活動に慎重な意見もありました。
しかし、植村さんが被災地で見たものは国際貢献に国境は無いという現実でした。一般市民の人たちから「ありがとう」の気持ちや感謝の手紙をもらい感銘を受けたと話します。

国際貢献に国境は無い

 

国際貢献とは何か?
途上国の支援で様々な経験を積んで来た植村さん。
JICAの理事を務める鈴木規子さんは、植村さんの手腕に期待をよせる一人です。
「九州の所長になったことがとても嬉しく、期待しています。色々な発信を楽しみにしています。途上国と九州宮崎を繋ぐ架け橋になるような人だと信じている。国内15機関ある中で女性の所長は3人しかいないが、その中でも輝くエースだと思っています。」

所長として植村さんが大切にしていることは、スタッフと同じ目線で仕事をすること
そのために、所長室ではなく事務フロアで毎日の職務をこなしています。

植村さん

「とても頼りになる上司ではあるけれど一方ではプライベートは女子力の高い可愛らしい一面を持っていらっしゃっる方です。」と女性職員からも慕われている植村さん。

自分をフラットに見るというのは、JICAの理念ともかなっていると話します。
「開発途上国の支援には何の偏見も持たずに同じ立場で仕事をすることが大切。」だと語ります。  

この日、日本の消防技術を学んで来た研修員たちの卒業式が行われました。
これまでJICA九州国際センターが受け入れた消防研修員は82ヶ国。265人を数えます。
母国に戻った彼らが、国民を災害から守るリーダーとなるのです。
「とても素晴らしい体験で今はとても嬉しい。アルジェリアで私が初めてJICAの研修に参加をして多くのことを学ぶことができた。」
「日本の火災予防の技術が素晴らしく、世界一のものであると感じた。帰国したら日本の消防技術を広めていきたいと思います。」
様々な国の研修員たちが日本での研修を有意義に感じていました。

研修員たちの卒業式

植村さんにJICAの仕事をしていてよかったと思う瞬間を聞いてみました。
「みなさんが日本を好きになって、帰国するのを目にした時です。」と植村さんは嬉しそうに話します。
お世辞ではなく本心から日本で研修できてよかったと思ってくれているのを感じるそうです。

植村さん

植村さんはこれからも自分たちが黒子となって日本と開発途上国との潤滑油的な役割になれば良いと思って活動を続けます。

日本も昔新幹線や高速道路を作る時に当時の先進国の援助があって、そして今の日本があります。
その恩返しの連続、循環が社会貢献になるのです。

今後も植村さんの活躍に注目していきたいと思います。