イベント・試写会

第23回 UMKスポーツフェスタ

UMKスポーツフェスタ平成30年3月10日(土)・11日(日)開催!!

「当日の開催告知」はトップページ上の新着情報に掲載致します。

大会開催概要

目 的
次代を担う青少年に、心豊かに成長してほしいという願いを込めて、勝敗を越えたスポーツ少年少女達の交流と親睦を図るため、第23回UMKスポーツフェスタを開催します。
主 催
公益財団法人宮崎県体育協会、宮崎県スポーツ少年団、UMKテレビ宮崎、UMKスポーツ応援団
特別協賛
アクサ生命保険株式会社
主 管
UMKスポーツフェスタ実行委員会、(一財)宮崎陸上競技協会、宮崎県ハンドボール協会
宮崎県バレーボール協会、宮崎県軟式野球連盟、(一社)宮崎県サッカー協会
宮崎県ミニバスケットボール連盟、宮崎県柔道連盟、宮崎県剣道連盟
宮崎県ソフトボール協会、宮崎県バドミントン協会、宮崎県空手道連盟
宮崎県少林寺流空手道連盟、宮崎県少林寺拳法連盟、宮崎県スイミング協会
宮崎県ゴルフ協会
後 援
宮崎県教育委員会
期 日
平成30年3月10日(土)・11日(日)
申込期間
平成29年12月25日(月)まで

第23回 UMKスポーツフェスタ 開催要項(PDF:2,248KB)
ホームステイ大募集
ホームステイ大募集

(詳しくは、「開催要項」をご覧ください)

ホームステイ募集要項

日 程
平成30年3月10日(土) 1泊
対 象
第23回スポーツフェスタの参加が決まった小学生に限る。
内 容
競技ごとに希望者が選手の家庭に宿泊、または宿泊の受け入れを行う。
申込期間
平成30年1月15日(月)まで
申込先
各競技団体で定めた「ふれあいスポーツ教室への申込先」と同じ

今年の講師はこの方々

ゴルフ

写真:樋口久子さん

樋口 久子(ひぐち ひさこ)さん

1967年に第1回のプロテストで合格して以降、日本女子プロゴルフ界を牽引し、国内69勝、賞金女王11回という金字塔を打ち立てた。
海外での活躍も目覚ましく1970年から米女子ツアーに挑戦し、1974年にオーストラリアで海外ツアー初優勝すると、1976年のコルゲート欧州女子オープンでは日本選手として初めて米女子ツアーを制覇する。翌年には日本人唯一のメジャー大会制覇となる「全米女子プロ」で優勝を成し遂げる。
1997年には日本女子プロゴルフ協会会長に就任し、14年間にわたって女子プロゴルフ界の発展に尽力し、女子ツアーの隆盛を築いた。
2003年には日本人初の世界ゴルフ殿堂入りし、現在は日本女子プロゴルフ協会相談役を務めている。

軟式野球

写真:山﨑武司さん

山﨑 武司(やまさき たけし)さん

「ジャイアン」の愛称の通り豪快なホームランとその性格で多くのファンから愛された大打者。
1987年に愛知工業大学名電高校からドラフト2位で地元・中日ドラゴンズに入団する。アメリカやドミニカへの留学などを経て、長い2軍生活を終えると、プロ10年目の1996年にようやくレギュラーに定着し、その年に松井秀喜との壮絶な争いを制し本塁打王を獲得。その後、オリックスを経て2005年からは楽天の創設メンバーとして活躍する。創設期から主将を務めるなどチームを支え、2007年には39歳で本塁打王、打点王の2冠王に輝き、ベテランの粋に達してもなお第一線で活躍する姿は「中年の星」として大きな支持を集めた。
2012年からは古巣である中日に復帰。翌2013年に現役引退する。
引退後はスポーツコメンテーターとして活動する傍ら、企業や学生向け講演の講師やレーサーとしても活躍している。

ソフトボール

写真:宇津木 妙子さん

宇津木 妙子(うつぎ たえこ)さん

1972年にユニチカ垂井ソフトボール部に入部。1974年には、最年少で全日本選手として世界選手権に出場し、準優勝に貢献した。現役引退後は、日立高崎(現ビックカメラ高崎)女子ソフトボール部の監督に就任し、当時3部のチームを3年後には日本リーグ1部に昇格させた。
1997年日本代表監督に就任し、シドニー五輪では銀メダル、アテネ五輪では銅メダルを獲得した。
2005年には、日本人女性として初の国際ソフトボール連盟殿堂入りも果たす。
現在は、東京国際大学女子ソフトボール部総監督、ビックカメラ女子ソフトボール高崎シニアアドバイザーの傍ら、2011年に自ら立ち上げたNPO法人ソフトボール・ドリーム理事長を務め、各地の講演やソフトボールの普及活動、被災地支援などに力を注いでいる。

バレーボール

写真:大林 素子さん

大林 素子(おおばやし もとこ)さん

中学1年からバレーボールを始め、中学3年の時に東京都中学選抜に選出される。
その後、高校バレーボール界の名門八王子実践高校に進む。1986年に日立入社、1988年にソウル五輪、1992年にバルセロナ五輪へ出場する。1995年にイタリアセリエA・アンコーナに所属し、日本人初のプロ選手となる。
帰国後、東洋紡オーキスに所属。1996年にアトランタ五輪に出場し、日本のエースアタッカーとして3大会連続出場を果たすが、1997年に引退する。
現在は日本スポーツマスターズ委員会シンボルメンバー、JOC環境アンバサダー、福島県「しゃくなげ大使」 環境省「チャレンジ25」キャンペーン応援団 JVA(日本バレーボール協会)広報委員・テクニカル委員、観光庁「スポーツ観光マイスター」2015オリンピック・ムーブメントアンバサダーとしても活躍する。

水泳

写真:立石 諒さん

立石 諒(たていし りょう)さん

4歳から祖父の勧めにより平泳ぎを始める。2012年ロンドン五輪の100メートル平泳ぎ、200メートル平泳ぎの日本代表として出場する。
200メートル平泳ぎ決勝では、北島康介選手を0.06秒でかわして、銅メダルに輝いた。
ロンドン五輪後、一時は引退も考えたが、目標をもって過ごすことの楽しさを痛感し、現役続行を決意する。
2013年世界水泳選手権大会(バルセロナ)に200メートル平泳ぎ、2015年世界水泳選手権大会(カザン)に100メートル平泳ぎ、200メートル平泳ぎの日本代表として出場する。
2017年の日本選手権水泳競技大会をもって現役引退する。引退後も競泳界をより盛り上げていく為、練習の傍らスイムイベントを行っている。

陸上

写真:高平 慎士さん

高平 慎士(たかひら しんじ)さん

旭川大学高等学校に入学し、同高3年生の時、高校総体200メートル、国体400メートルで優勝。
順天堂大学に進み、2004年の日本選手権200メートルで五輪標準記録Aの20秒59で優勝し、アテネ五輪代表に選出された。
アテネ五輪では200メートルと4×100メートルリレーにエントリーし、200メートルでは予選落ちしたが、4×100メートルリレーでは3走を務め4位入賞に貢献した。
2007年春、富士通に入社。2007年の世界陸上大阪大会では4×100メートルリレーの3走を務め、アジア新及び日本新記録(38秒03)を樹立、5位に入賞した。
2008年の北京五輪4×100メートルリレーで銅メダルを獲得する。2012年6月の日本選手権において200メートルで3位の成績を残す。この結果を受け200メートル、4×100メートルリレーの2種目でロンドン五輪に出場が決まった。
ロンドン五輪200メートルは準決勝進出。男子4×100メートルリレーでは第3走を務め、予選を38秒07の全体4番目の記録で通過。決勝では38秒35で4位入賞を果たした。
2017年9月23日の全日本実業団対抗選手権を最後に引退する。

サッカー

写真:鈴木 隆行さん

鈴木 隆行(すずき たかゆき)さん

1995年、鹿島アントラーズに入団。フィジカルと精神力の強さをいかし、様々なクラブで活躍した。
日本代表として日韓ワールドカップ・ベルギー戦で、劇的な同点ゴールをあげるなど活躍をみせた。(国際Aマッチ55試合出場 11得点)
CFZ(ブラジル)、川崎フロンターレ、ヘンク(ベルギー)、ゾルダー(ベルギー)、レッドスター(セルビア)、横浜F・マリノス、ポートランド・ディンバース(アメリカ)、水戸ホーリーホックなどの所属を経て、2015年ジェフユナイテッド市原・千葉に移籍し、2015年末、惜しまれつつ現役を引退する。

バドミントン

写真:池田 信太郎さん

池田 信太郎(いけだ しんたろう)さん

筑波大学卒業後、日本ユニシス株式会社入社。2004年、日本代表に初選出され男子ダブルスで頭角を表す。2006年全日本総合選手権大会で初優勝し、YONEX OPEN JAPAN では日本人として16年ぶりのベスト4入りを果たす。2007年世界選手権で日本人男子初となる銅メダルという偉業を成し遂げる。2008年全英オープンで21年ぶりベスト4進出、同年8月北京五輪出場、メダル獲得を期待されるも初戦敗退に終わる。
2009年ミックスダブルスに転向を表明。同時期に所属会社とプロフェッショナル契約を締結、日本人初のプロ選手となる。
2011年BWFスーパーシリーズファイナルで日本初のベスト4に進出、2012年ロンドン五輪出場を果たすものの、1勝2敗でグループリーグ敗退。同年のYONEX OPEN JAPANでベスト4進出しミックスダブルとして優秀の美を飾る。
2012年から男子ダブルスに活躍の場を求め、海外選手とペアを組みワールドツアーに参戦。2015年9月開催のYONEX OPEN JAPANで現役を引退する。
2015年3月にBWF(世界バドミントン連盟)アスリートコミッションに日本人として初の立候補をしTOP当選を果たす。

ミニバスケット

写真:陸川 章さん

陸川 章(りくかわ あきら)さん

高校からバスケットボールを始め、日体大ではスターターとして活躍。
卒業後、日本鋼管(NKK)に入社し、日本リーグ優勝やMVP獲得など、多くの実績を残した。日本代表にも11年間という長きに渡って選出され、キャプテンも務めた。
引退後はアメリカのCSULAにコーチ留学し、デーブ・ヤナイ氏のもとでコーチングの勉強を行い、2001年4月に東海大学体育学部の講師に着任。以後、男子バスケットボール部の監督として就任1年目から大学バスケットボール界に“東海旋風”を巻き起こし、2005年、2006年及び2012年、2013年全日本大学バスケットボール選手権大会二連覇を達成する。
現在、全日本大学バスケットボール連盟強化部長も兼務し、2009年ベオグラード(セルビア)ユニバーシアード大会、2011年深圳(中国)ユニバーシアード大会、2017年台北(台湾)ユニバーシアード大会の男子代表監督も務める。

剣道

写真:佐伯 浩美さん

佐伯 浩美(さえき ひろみ)さん

佐伯先生は全国教職員剣道大会や国民体育大会で優勝するなど八段の腕前です。
また、高千穂中学校や高千穂高校を全国優勝に導いた指導者です。

ハンドボール

写真:ネメシュ・ローランドさん

ネメシュ・ローランドさん

ハンガリー体育大を卒業した1999年、文部省(現文部科学省)の交流事業でハンドボールの指導員として来日。2005年から筑波大で学び、2013年から助教としてコーチング学を専攻する。
日本ハンドボール協会では国際担当参事として活躍する一方、2006~07年に続き、2015年~2017年にかけてオルテガ監督の下、男子日本代表コーチを務めた。
現在はU-24男子日本代表監督を務め、また2017年にU-22男子日本代表監督として東アジア選手権で優勝する。

柔道

写真:秋本 啓之さん

秋本 啓之(あきもと ひろゆき)さん

1975年のオーストリア・ウィーン大会で軽中量級の銅メダリストだった父の影響で、5歳から柔道を始める。桐蔭学園高等学校時代、全国高校選手権の無差別級で、66キログラム級の選手ながら重量級の選手を次々破って優勝する快挙を成し遂げる。
筑波大学進学後は世界ジュニアを制して父子2代でチャンピオンとなり、また嘉納杯も父子2代で優勝している。
その後、2009年秋からは階級を73キログラム級に上げ、2010年9月に東京で開催された世界選手権では初戦から順調に勝ち上がり優勝を果たす。史上初の親子2代での世界選手権メダリストとなった。
2016年6月に現役引退を表明し、現在は所属先である了徳寺学園のコーチとして後進の指導にあたるとともに、全日本の女子代表特別コーチにも就任している。

全日本空手道

写真:松久 功さん

松久 功(まつひさ こう)さん

学生時代は全日本学生空手道選手権大会で個人組手の2連覇を達成する。大学卒業後も全日本空手道選手権や全日本実業団空手道選手権でそれぞれ優勝4回、国民体育大会で優勝3回と活躍する。
また世界空手道選手権で3位入賞を3回、アジア空手道選手権で優勝2回と国内に留まらず、海外でも優秀な成績を収める。現在は空手道教室を通して普及活動に取り組む。

少林寺流空手道

写真:山倉 隆登さん

山倉 隆登(やまくら たかと)さん

1975年に錬心舘門川支部にて小学6年生から空手を始め、高校3年生の時に初出場の全国大会で初優勝する。以来、一般強豪選手にもまれながら精進を重ね、1994年の全国大会一般軽量級で2度目の優勝を果たす。その傍ら消防団活動、体育指導委員、青少年指導員などの地域活動を続け各表彰を受ける。
現役引退後は後進の指導普及活動に専念し、2003年に錬心舘宮崎県草川支部を設立する。2014年の第19回UMKスポーツフェスタでは、錬心舘第2代宗家、保巌先生の命を受け講師を務める。
昨年2017年5月には錬心舘第3代宗家保勇三先生の直伝講習を受講・昇段試験を突破し、6月には北欧フィンランドにて近隣国の支部長指導者も含め指導した。

少林寺拳法

写真:梅野清嗣さん

梅野 清嗣(うめの きよつぐ)さん

高校生の時に少林寺拳法博多道院に入門。10年後には博多道院7代目道院長となり、少年から一般拳士の指導にあたり、現在に至る。その間、福岡大学少林寺拳法部監督を15年間務める。
日本武道館派遣指導員として各地へ指導講習や少林寺拳法世界連合によるアメリカやロシアへの指導講習等で少林寺拳法の極意でもある技法の向上に努めている。

お問合せ

UMKスポーツフェスタ事務局
TEL:0985-31-5211 FAX:0985-31-5701