UMKアナウンサー日記 佐々木六華
2008年11月21日
ぼっこ???
「また人の話を聞いてなかったやろ?」
僕がよく言われる言葉です。
昔から妄想癖がありまして・・・
生えてくるんです。
頭の中に、「孟宗竹」ならぬ「妄想竹」が。
番組の打合せで台本を見ながらディレクターの説明を聞いているうちにその場面を思い浮かべながら「こんなこと言おうかな」「こういう返しがきたりして」「このコメントならおもしろいかな」などと「イメージトレーニング」という名の妄想にふけっているうちに打合せが進んでいる・・・
大事な部分を聞き逃してしまうこともあり、「なになに??今どの部分の話をしてた???」とコソコソまわりに聞いていると「ま〜た説明せにゃいかん!!」とあきれた声が聞こえてきます。
本を読んでいるときもそうです。
でてきた言葉やフレーズなどから妄想が膨らんでいき、目は文字を追ってるんだけど内容がまったく頭にはいってなくて、元のところに戻って読み直し・・・気がつくとまた妄想タイムに入っていてまた戻って読み直し・・・なんてことがしょっちゅうで、雑誌や小説など読み終わるのに必要以上に時間がかかってしまうことがけっこうあるんです。
先日、午前中ゆっくりする時間があったので家でのんびり過ごしていたときのこと。
日向ぼっこをしながら雑誌を読んでおりました。
・・・余談ですが、寒い時期に日向をもとめて家の中をさ迷い歩く時があります。朝は東側の窓にぴったりひっつき、だんだん南側の窓際に移動していくんです。暖房つければいいのに、と思う方もいるかもしれませんが、あの冬の日向の、太陽の柔らかなぬくもりを感じるのが好きなんです。幸せを感じる瞬間です。
で、まあその日も日向をもとめて移動しておりました。
「やっぱり日向ぼっこ気持ちいいなあ」と思いつつ雑誌を読んでいるうちにふと「日向ぼっこの『ぼっこ』って何・・・?」という考えが頭に浮かび、恒例の妄想タイムへと突入・・・
『実はイソップ童話の「北風と太陽」の原作は怖い話で、太陽が北風をボッコボコにやっつけるというストーリーからきたのかも・・・』
『ぼっこって実はイタリア語で「BOCCO」とかいうつづりで、「心地よい」という意味だったりして・・・』
『元々は「日向奉公」で、江戸時代に豪商のところで働いていた奉公人が、主の目を盗んで日向でのんびり休憩していたからとか・・・』
・・・いろんな妄想がぐるぐると頭の中を駆け巡っていきました。
結局、辞書で調べました。
最初からそうすれば良かったんですが、妄想の世界に入るとなかなか帰ってこれなくなるのに加えて、日向から離れたくなかったんです。
辞書によりますと・・・元々は古語で「日向ぼこり」という言葉から転じて「日向ぼっこ」になったそうです。僕が見た辞書には「日向ぼこり」が使われている例として今昔物語集の一文が載っていました。
何はともあれ答えがわかってすっきり!
これで雑誌に集中できます。
めでたしめでたし・・・
・・・のはずだったんですが
「ぼこり」って何!?
・・・新たな妄想タイムのスタートです・・・
2008年11月19日
やっててよかった
延岡西日本マラノンのコース下見ウォーキングから無事に帰ってきました。
やっててよかったです。
トレーニング。
思えば去年は初日の終盤あたりから股関節に太もも、ふくらはぎ、ひざ・・・といろんなところが痛み出し、二日目のフィニッシュを迎える頃にはボロボロになってました。もちろん翌日は当然のように筋肉痛で大変・・・
それが今年は多少スネが痛くなった程度で最後まで元気いっぱいピンピンしてました。一日たった今日は筋肉痛もなし!
自らの肉体の変化を実感する2日間となりました。
一方、おとといの日記にも登場した「散髪してました事件」の主役、僕の同期Mディレクターですが・・・
「去年より確実にきつい!!!」と悲鳴を上げ、「腰から下が全部痛い・・・」と歩きながら悲痛な表情に・・・
30代になって、1年何もしなければ確実に衰えていくんだということを痛感したようで「絶対運動をはじめる」と宣言していました。
ちなみにその宣言去年も聞きましたが・・・
ところで、「UMK42.195km下見隊」の心のよりどころになっていたお店があります。土々呂中学校の北、約150mのところにある「風華」さんです。ここのうりは「台湾風」タンタン麺。最初はとろみがあるのに食べ続けていくうちにサラサラになる不思議なスープが特徴のピリッとした辛さが病みつきになる逸品です。ちなみにご飯がついておりまして麺を食べ終わった後、残ったスープにご飯を入れておじや風に食す、これがまたウマイ!
去年の下見のときに初めて食べてハマってしまい、「今年もお昼はあそこで」と初日にみんなで寄りました。初めて食べたというメンバーにも大好評!結局、二日目もお昼は「風華」さんのタンタン麺でした。
メンバーの中には歩きながら「あと○キロでタンタン麺・・・」とぶつぶつつぶやきながら、痛む足を前へとすすめる人も・・・
そのタンタン麺の写真を・・・と思っていたんですが、すっかり忘れて食べだしまして・・・
ハッと思い出した時にはすっかり器が空になっておりました・・・
辛いのが好き!という方はご自身の目と舌でお確かめくださいませ・・・
2008年11月17日
そらアカンやろ
延岡西日本マラソンコース42.195キロ下見歩行のためまもなく延岡市に向けて出発します。
準備をしつつ、去年のある出来事を思い出しておりました。
去年、僕は10月と11月の2度コースを歩いて下見したんですが、その一回目にちょっとした事件?があったんです。
延岡西日本マラソンの番組をチーフとして担当するのは去年も今年も僕と同期入社のMディレクター。
延岡西日本マラソンを生で放送するのは初めてだった去年は、早めの準備が必要だということで10月に僕とMディレクターでコース歩こうという予定でした。
しかし、Mディレクターがその時期にドキュメンタリー番組の制作を抱えていたこともあり、後輩のディレクターが代理で歩くことに。
2日間かけてコースを歩いてみて、かなり足にダメージがあったんですが、特に後輩ディレクターは僕以上にきつそうで、ラスト7〜8kmほどはずっと「ちょっと休みましょう」「休憩しませんか」「もうダメです」といった感じでした。しかも時折Mディレクターから「メタボ解消にちょうどいいね」などといった能天気なメールが何通か入ってきたこともあり、疲れもあいまって後輩ディレクターはちょっぴり怒り気味・・・
それでもふらふらになりながらフィニッシュし、会社に戻りました。
そこで我々が見たものは・・・
「お疲れさまでしたー。」
と我々を迎えたMディレクターの姿がなんか違う・・・
僕:「頭さっぱりしてない???」
M:「時間があったから散発してきた。 エヘッ」
な、な、な、な、なんですとーーーーーーー!!!!!!
「忙しくて時間がないからかわってくれって話じゃなかったんですか!?」
と後輩ディレクターの疲労と怒りは頂点に・・・
(一応M君の名誉のために言っておくと、ずっと髪を切る暇もないくらい忙しくてたまたま時間があいたから、ということだそうなんですが・・・タイミングが悪すぎた・・・)
その一ヵ月後・・・
マラソンのコースを「こんなにきついとは・・・」とヒイヒイ言いながら歩くMの姿が・・・
身にしみたようで歩き終えて会社に戻ると後輩ディレクターにすぐさま謝罪しておりました。
ちなみに先日、この「事件」の話題になったとき、後輩に対してMが猫なで声で「今年は二日間ゆっくり休んでね。」と話しかけてました。
明日帰ってきたときの後輩の姿が密かに楽しみです。
2008年11月16日
「走」→「歩」
タイトルを見て
「やっぱりもう走るのやめたんか〜い」と思わず乾杯してしまったルネッサーーーンスあなた。
違うんです。
アレにむけて歩かにゃならんのです。
42.195kmの道のりを。
今年の2月に九州5局ネット・完全生放送でお送りした延岡西日本マラソン。
来年は2月15日に開催されます。
もちろん今年も完全生放送!しかも、2局ネット局が増え、九州7局ネットでお送りする予定です。
すでにUMKでは各セクションごとに準備が始まっておりまして、当然僕も準備を始めてるところです。
さしあたって心の準備から・・・
しかしそろそろそんな悠長なことも言ってられない・・・
ということで、ディレクター3人&首藤アナとともにコースをチェックすることから本格的にマラソン中継にむけた準備がスタート。
明日・明後日の二日間をかけて、延岡市役所前から日向市で折り返す、42.195km全てを歩いてまわります。
去年も同じ時期に歩いたんですが、足が痛くなって2,3日ひかず、結構大変な思いをしました。
しかし、今年はトレーニングもしているし大丈夫ではないかと思ってるんですが・・・
ただ、この一週間のジョギングですでに筋肉痛になっているんですよね・・・明日までにひくといいんですが・・・
というわけで明日・明後日の二日間はジョギングからウォーキングに戻ります。
明日・明後日とホイール型距離計(っていう名前だって知りました。あの「コロコロ」って転がしながら距離を測るやつです)を手に時折立ち止まりながらキョロキョロあたりを見回す集団が国道十号線の延岡〜日向間に出没するはずです。
2008年11月15日
続・「歩」→「走」
今朝4時半に目が覚めてその後眠れなくなったので、ジョギングしました。
JAGA天を前に寝てしまわないか心配です。
それはさておきジョギングを続けていかねばと思った理由。
それは・・・
S@KOちゃんにあるんです。
4月からジムに通い始めたという話は昨日の日記にも書きました。
そのジムにある体重計は体脂肪率や腕や足など各部位の筋肉と脂肪量まではかってくれるというもので、毎月最初のトレーニングデーに測定して数値を記録するんです。
そのデータのなかに「肉体年齢」なる項目がありまして・・・
昭和50年3月10日生まれ、現在33歳の僕は、ジム初日の測定で、恥ずかしながら・・・
「40才」という数値が・・・
こりゃイカン!!何とかせねば!!!
と考え、始めのうちは週一回だったジム通いを6月から週2回と増やし、さらに合間の日も自主的にウォーキングを初めトレーニングをするなど頑張って、ようやく今月の測定で実年齢と同じ「33才」というところまできたんです。
ここでS@KOちゃんの登場です。
実はS@KOちゃんも同じジムに僕より3ヶ月ほど遅れて通い始めたんですが、週一回のペースも怪しい感じで、トレーニング量としては僕をはるかに下回っている感じでした。
学年は僕のほうが一つ上ですが、誕生日は一ヶ月しか変わらず年齢は同じ33才。
なんですが・・・
今月の測定結果を見比べると・・・
S@KOちゃんの「肉体年齢」の欄には「29」という数字が・・・
僕は必死に頑張ってきてようやく「33才」・・・
そうですか・・・
これが「野球部」(S@KOちゃん)と「吹奏楽部」(僕)との差ですかと。
「1番センター」と「1番トロンボーン」の違いですかと。
「白球を追いかけた青春」と「音符を追いかけた青春」の終着駅ですかと。
まあいろんな思いが、かつ消えかつ結びてひさしくとどまりたる例なし、といった状態でした。
使いどころがちょっと違うとか、終着駅って意味がわからんとか、そういうところはスルーしてください
とにかく・・・
このまま負けてなるものか!!という思いも沸き起こってきました。
いつか・・・いつの日か、肉体年齢で追いつきそして逆転するんだと決意。
それにはジム以外の日のトレーニングをハードにするしかない!
ということでウォーキングをジョギングへと変えることにしたわけです。
4日続けた結果・・・
太もも筋肉痛です。
でも、逆転するその日を夢見てつづけていきます!!
・・・多分・・・
(*ちなみに肉体年齢の数値などはS@KOちゃんの了解を得た上で掲載しております)
2008年11月14日
「歩」→「走」
最近海の向こうでおこっている(?)「CHANGE」の流れに乗って、僕もCHANGEしました。
ウォーキングをジョギングに。
「嫌走派」から「好走派」へと転向した巨典先輩の影響を受けて・・・
というわけではなく、単に最近気温が下がってきて、歩いてるだけだと寒いんです。走れば温まるんじゃないか、というただそれだけの理由です。
それに、「4月からジム通いを始めて、さらに合間の日もウォーキングを続けてきたんでそろそろジョギングにも耐えられる体になっているだろう」という考えもありました。歩くのに比べてちょっときついくらいかなあと。
・・・甘かったですね。
いや〜、しんどかった。
コースは大淀大橋からスタートして河川敷を西にむかい、天満橋、高松橋の下を通って宮崎大橋の下で、その先に見える平和台大橋に向かって「そのうちそこまで行くからな!」と誓いながらUターン。
軽やかに颯爽とかけぬけるというイメージだったんですが・・・
ちゃんと宮崎大橋の下でUターンして往復ルートを止まることなく走りきることはできました。
でもヘロヘロでなんとか走りきったという感じで、とても「颯爽と」とは行きませんでした。Uターンするときも「当分はお邪魔することはありません・・・調子に乗った考えを持ってすみませんでした・・・」と平和台大橋を見ながら思ってました。
「走る喜び」を感じる域にはまだまだ長い道のりが待っていそうです。
いや・・・感じることはないかもしれません。
それでも継続しようと(まだ3日ですが)心に決めてます。
それにはある理由がありまして・・・
それは・・・
また明日・・・




