UMKアナウンサー日記 南出雅之
2009年10月25日
綾・照葉樹林マラソン
秋の深まりと共に、マラソンの季節がやってきた。
県内でも色々なマラソン大会が開かれているが、
中でも 歴史のある市民マラソン大会が「綾・照葉樹林マラソン」だ。
今年で23回目を数えるこの大会は、
豊かな自然に恵まれた綾町を舞台に、森林浴を楽しみながら
走ることが出来る大会として知られている。
今年は、あいにく小雨模様となったが、
5km、10km、ハーフマラソンの3つのコースに
7,307人がエントリー。マイペースで走り、爽やかな汗を流した。
一方、その模様を取材する「取材班」は
参加者の「爽やかな汗」とは異なる汗を流していた。
早朝4時に起床、準備のあと午前6時出発!
雨の中の取材、リポート、インタビュー・・・。
カメラマン、ディレクター、音声、アナウンサー、スタッフ全員が
番組制作のために ランナーとともに頑張った!
帰社したのは午後3時過ぎ。
これで終わりではない。早速、VTRのチェック。

ディレクターを中心に、インタビューの
内容やカメラワークなどの反省会が
始まった。
(Mディレクター)
ここのインタビューが・・・。
心地よい疲労感の中、
「ミニ反省会」は続く。
取材にあたったアナウンサー陣も
「疲労感」「睡魔」と戦いながら
真剣な表情でVTRを見る。
毎年恒例のビッグイベント
「綾・照葉樹林マラソン」では、
今年も、ランナー、取材陣ともに
心地よい汗を流したわけである。
では、その頃 私は何をしていたか?というと・・・
若くて爽やかなアナウンサーに代わり、
定時ニュースを放送していました。
久しぶりのニュース勤務に、
皆とは違う「冷や汗」をかきながら・・・。
色々な汗をながした「綾マラソン」でした。
2009年10月11日
遠方より旧友集う!
UMKには、「伝説」といわれる番組がある。
昭和52年(1977年)4月から平成4年(1992年)9月までの15年間、788回に渡って放送された長寿番組「さんさんサタデー」である。
毎週土曜日の正午から放送されていた生放送の娯楽情報番組で、
最高視聴率が20%を超える「超人気番組」であった。
当時の学校は、土曜日は「半ドン」。つまり、土曜でも午前中は
授業があり休みではなかった。子供たちは 学校が終わると直ぐに
家に帰りテレビのスイッチを入れたという。
斬新なアイデアと奇抜な構成、思わず吹き出す「笑い」と「楽しさ」。
そして、心を打つ「感動」に満ち溢れた番組であった。
私は、この「さんさんサタデー」の司会とリポーターを
昭和55年の入社以来、約13年間担当した。
番組からは「マー坊」「バニーボーイ」「トモリン」「いらっしゃいマホ」
などなど、数えきれないほどの人気者が生まれ、UMKの番組史上に
残る「看板番組」に成長、今なお語り継がれている。
番組が終了して早17年。当時の出演者、ディレクター、技術さん、
裏方さんなど約80人が集まり、「さんさんサタデー同窓会」が
開かれた。
歴代の女性司会陣も そのほとんどが参加してくれた。
懐かしい顔、久しぶりの再会、
相変わらずの軽快なトーク、
一晩では語り尽くせない程の
思い出話があちこちで花を咲かせた。
そこには、番組に携わった人達の
「青春」と「情熱」が溢れていた。

かつての相棒、Tさん。
当時は「トモリン」と呼ばれていた。
相変わらずキレの良い軽快なトーク、
滑舌の良さは さすがだ。
(約20年ぶりのツーショット)

かつての後輩、H・Tアナウンサー。
現在は石川県の某民放のチーフアナ。
久々の再会、昔と同じように
小泉今日子の「何てったってアイドル」を
熱唱していた。
テンポの良いしゃべりと顔面表現力は
天下一品!
台本が無くても、全てフリートークで
進行できるアナウンス技術を持つ
Mさん(左)とカメラマンのKさん(右)
「同窓会」で津軽三味線を披露する
天地信玄流家元、Sさん。
番組に最も多く出演したリポーターの
一人。「マー坊」と呼ばれ親しまれた。
人柄の良さとサービス精神は
昔と全く変わっていない。
多くの人達に支えられ、支持された番組「さんさんサタデー」。
集まってくださった方々のパワーと情熱は今も熱いままであった。
一晩では語りつくせなかった想い出の数々、残りは次回に語り合おう。
また会える日を楽しみに・・・・。




